出会いのつぎに来るものは恋愛

あなたが思う「出会い」の最終地点はどこでしょうか?できればそれが「結婚」であったり初めは「恋人」といったところを目指している人が多いという事になりますね。けれども恋愛は矛盾と矛盾のあいまにいろいろんな感情が込められています。出会いがあればそのつぎに来るものはもちろん恋愛ですが、それが本物なのかどうかという判断を下すのは自分自身しかいません。しかし、出会いと言うモノは矛盾しかありませんから、どこに行っても答えが見つからないと嘆いている人はたくさんいると思います。

早稲田大学の恋愛講座

ここ何年か前から早稲田大学での恋愛講座が話題になっていました。受講希望者が多すぎて書類選考に成るほどだそうですが、この講義に果たして授業としての意味はあるのでしょうか?この講義を担当しているという教授の一言はすごく考えさせられました。「恋愛とは広義では政治」というのです。れんあいは誰にも教わったことがありません。こんなときにどうすればよいのかという的確な対処方法もわからないまま人は恋愛をします。どこにいてもその恋愛のことで不安をかかえて苦しみ時には涙さえ流します。

「満」のなかの不満

なんでもいいから人を好きになることを適格な別の言葉で言い換えて下さいと言われた時、あなたは何と言う言葉で置き換えますか?その言葉があなたの恋愛のイメージということになりますが、恋愛は非常い頭を使う活動です。だからこの教授は恋愛は政治であると言ったのかもしれません。男性が女性を好きになることも、女性が男性を好きになることも結局最終的に何が目的かというとお互いを満たし合うということにあるのだと思います。しかし最近では、満たし合うのではなく自分だけが満たされたいという思いしかない男女が非常に多いのです。結局自分が満たされなくなると、違う相手の方へ進んでいって元の相手を放棄します。要するに自分が満たされないことが相手のせいなんだという事を相手に押しつけてしまっているのです。

恋愛のやりなおしは自分をやり直すことに等しい

最近、書店でよく見かける恋愛本に「相手を見返す」や「もう一度やり直す」なんてものがあります。一度恋人になったもの同士が再度集結しようと思うきっかけはどこにあるのでしょう。さらなる相手の魅力を見つけることができなければ、やっぱり同じことの繰り返しになります。一度離れたもの同士が依然と同じ環境で違う事を発見できるとは到底思えません。しかし、これはどちらかの一方的な感情がなければ、やり直すきっかけすらつかめません。ですから「やりなおす方法」などといった本が売れているという事になります。心理学的に見た恋愛学というのはここでは非常に有利になることと言えます。しかしやり直したいと言っても、その願望だけではかぬはずがありません。その願望を相手におしつけますか?押しつけてまでもその恋愛がうまくいくとは思えません。そこにくるのが政治でもよくみる「駆け引きなんでしょう。

恋愛の前にすること

出会いの次には恋愛がやってくる訳ですが、恋愛についてよく知りもせずにそれを始めようとしていることに違和感を覚えませんか?人は時には残酷で、自分さえよければそれでいいという感情はどうしても沸き起こるでしょう。これは恋愛だけに言えることではなく友人とのやり取りでも言えることです。恋愛の次にくるものの前に、恋愛の前にすべきことをきちんと弁えておきたいものですね。人として。

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